高校野球、甲子園の延長戦記録となると、その劇的な終幕がゆえに感動を呼び、永く人々の記憶に残ります。
引分再試合の大会規定がなかった時代は、1933年選手権(第19回大会)の準決勝「中京商1−0明石中」延長25回に代表される、決着するまで続く壮絶な戦いがありました。
[延長18回引分=1958年選手権から設けられた大会規定]
1969年選手権(第51回大会)・決勝戦で適用された「松山商0−0三沢」を含めて4試合が引分再試合となった。4試合とも0対0だった。 |
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[延長15回引分=2000年に大会規定が変更]
2003年センバツ(第75回大会)・準々決勝「東洋大姫路2−2花咲徳栄」と06年センバツ(第78回大会)・2回戦「早稲田実7−7関西」で適用された。さらに06年選手権(第88回大会)の「早稲田実1−1駒大苫小牧」は37年ぶり2度目の決勝戦・再試合となった。 |
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[参考資料=地方予選の延長戦記録]
1948年の大分大会・準決勝=延長25回「大分二3−0臼杵」や1951年の奥羽大会・決勝=延長24回「青森1−0盛岡一」がある。春季大会記録では1958年の山口大会=延長25回「下松工1−0徳山商工」、同年の春季四国大会・決勝=延長25回「高松商2−0徳島商」がある(徳島商・板東投手は、前日の高知商戦でも延長16回、2日間で41回を一人で投げた)。直後の選手権・第40回大会から延長18回引分規定が導入された(その第40回大会で規定の適用第1号になったのも徳島商・板東投手)。2日間では1935年の島根大会1回戦=延長23回「大田中1−1大社中」日没引分、再試合=延長12回「大田中1−0大社中」の35回。1955年の鹿児島大会・準々決勝=延長16回「鹿児島玉竜0−0出水」引分、再試合=延長戦18回「鹿児島玉竜2−1出水」の34回は、あわや再々試合という延長18回決着だった。2003年の福井大会1回戦「大野東−敦賀気比」では、大会規定の延長15回引分が2度(5−5、3−3)、雨天順延の再々試合で決着(敦賀気比6−1大野東)するという3日間で39回(8時間42分)の激闘があった。新聞によると、この福井大会から62年も前(1941年)に3日間で40回という記録が夏の選手権大会の台湾予選「嘉義農林−台北工」で残されている(当時は朝鮮・台湾・満州の各代表校が夏の甲子園に出場。戦争のため41年の甲子園大会は中止)。内訳は8回0−0雨天引分、翌日が7回0−0雨天引分、翌々日が延長25回「嘉義農林2−1台北工」で決着(惣一郎さんからの情報提供)。
※2012年(平成24年) 4月8日最終更新:第84回選抜大会の鳴門5−4作新学院(2回戦)=延長10回=を追加。
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