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※2004年(平成16年) 12月19日公開

昭和44年夏の全国高校野球・選手権大会決勝「松山商×三沢」
「連日の熱闘を見せてくれて、技量においても、また品位においても、本当の高校野球の良さを余すところなく発揮して頂いたことを、私は心からお喜び申し上げるとともに、厚く感謝の意を表するものであります」‥‥これは、これから紹介するゲームの翌日に行われた閉会式で佐伯審判委員長が両校ナインに対してかけたねぎらいの言葉であります。球史に残る両軍の激闘は戦後スポーツ史の奇跡とされ、すでに“あの日”から40年近い年月を経てもなお永く高校野球ファンに語り継がれている名勝負は、管理人が高校野球に目覚める直接のきっかけとなったゲームでもあります。準々決勝からの4日間、実に45回をひとりで投げ切った太田投手の正々堂々とした姿には畏敬の念を感じながら、高校野球に対してこの上ない好感をいだいたときの記憶が今蘇ります。それでは昭和44年夏のあの日にタイムスリップしてみましょう‥‥(以下、実況中継風の本文になっています)。

ご覧ください、甲子園の観客席は立錐の余地もありません。本日の観衆は満員の5万5千人と発表になりました。一塁側から愛媛代表・松山商業、三塁側から青森代表・三沢高校。今、両軍の選手がホームプレート前に整列。挨拶を済ませて、後攻の三沢高校ナインがそれぞれ守備位置に散っていきました。マウンド上、青森・三沢高校の先発は太田幸司投手。一昨日の準々決勝、京都・平安高校戦から3連投になります。174センチ、74キロ。白系ロシア人の母・タマラさんと日本人の父・暁さんを両親に持つ太田投手ですが、真っ向から投げ下ろすフォームとその風貌はかつての名投手スタルヒン(旧制旭川中学→巨人ほか)を彷佛とさせるものがあります。小比類巻捕手を相手に規定の投球練習をまもなく終えようとしています。ちなみに東北勢の決勝進出は、第1回大会の旧制秋田中学以来54年ぶり2度目という快挙なんですが、三沢高校が勝利しますと史上初めて東北の地に深紅の大優勝旗が渡ることになります。
一方、一色俊作監督率いる愛媛・松山商業は、春センバツ2回、夏選手権3回の優勝を誇る四国の名門。戦後は昭和25年の第32回大会に新制高校の松山東として優勝、3年後の第35回大会で再び松山商業に校名を戻して優勝して以来16年ぶり、戦後3回目の優勝を目指します。四国の名門と東北の新鋭というまさに対照的な組合せとなった今年の選手権決勝であります。先頭バッターの大森が打席に入りました。太田投手が第1球のモーションだ、球審の郷司の右手が上がった。サイレンが鳴る‥‥。

さあ、松山商業 対 三沢高校の決勝戦が今プレイボールです!(→右の[プレイボール]をクリックして試合開始)
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